光と闇の天秤

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ジャスティスです。
 弱者には弱者の、そして強者には強者の影がある。
弱者には潜在能力が、強者には、致命的な欠陥があるかもしれない。
光あるところに影があるという言葉がある。
ならば闇を照らす明かりも存在するのだろう。
 売れているから流行っているのではない、
流行っているから売れているのだ。
しかし、売れているから流行るのだろう。
どちらでも構わない、需要と供給は、長い目で見れば釣りあっている。
ただ、その時点時点で、どちらかに振れているだけなのだ。
 弱者の中では強みも弱みも、大きな影響力を持っていない。
ただ、弱いという事実のみが存在するのみ。
強者の中では、良いところも悪いところも大きなエネルギー量を持っている。
しかしそれも、鉄球の振り子が左に振れているか右に振れているかということでしかない。
容易に反対の方向へ振れ、そしてまた戻ってくるだろう。
 片方に留まることはできない、
それは死を意味する。
そして絶対的である死ですら、反対側は生である。
誰かの死は、誰かを生かすだろう。
 北風が吹けば南へ、東からの風を受けたら西へ、
眠りたい時は眠り、仕事をしたいときは仕事をする。
ある時は全体の波にのり、またあるときは自己のリズムに乗る。
 人は心に天使と悪魔を飼っていると言う。
だが、他者から見ればその人の飼っている天使は悪魔であり、悪魔は天使になるかもしれない。
天使を殺せば悪魔も何れ死ぬだろう。
物事が常に釣り合うのならば天秤は必用ない。
 闇の中で何を学ぶか、
光の中で何を掴むか。
どちらに傾いている時も、あなたの人生であることに違いは無いのだから。