「TOEIC900点は誰でも頑張ればとれる」と言い放つ同僚達について考えたこと

会社の忘年会でスピリタス(世界一度数の高いお酒、95度ぐらい)やアブサン(薬草系リキュール、悪魔の酒とか禁断の酒と呼ばれている)を振る舞って暴虐の限りを尽くしたジャスティス岡本です。

懇親会の夜も更けて、終電を無くした酔っぱらい達の間で英語学習とコミュニケーションの話になりました。

※注1:勤め先では海外出身の社員が沢山働いており、英会話の重要性が課題となっております。
※注2:同僚にはブログに書くと予告したが年明けになってしまった

再現会話(酩酊時のためイメージです)

A「TOEIC900点とれたら給料アップというのはどうだろうか?」
B「イイネ」
J「900点!いきなりそれは、700点とか800点とか段階を踏んで…」
A「TOEIC900点は誰でも頑張ればとれる」
J「いやいやいや、TOEICで有名な楽天さんでも平均点は800点みたいですし…900点とか意味分からない」
B「800点とか700点とかを目標にすると、そこで満足してしまうから900点にすべき」
J「TOEICなんてスピーキング無いからコミュニケーション関係ないじゃないですか、700点ぐらいじゃダメなんですか?」
A「スピーキング無いから900点ぐらい大丈夫」
J「ググったら900点以上って受講者の3%しかとれないみたいですよ。私はテスト苦手なんですよ、引っかけ問題とか普通に引っかかるし、900点とかマジ無理ですって」
B「中途半端じゃ勿体ないから900点目指しましょう。せっかくだから競争しましょう。」
J「シャッラプ!インテリども爆発しろ!」

ちなみにAとBは、東大卒と早稲田卒です。早慶以上は学歴的に上位3%に入るそうです。Yahoo知恵袋で調べてくれている人がいました。

早慶以上の学歴を卒業した人は、同世代の何パーセント位なんでしょうか?

おおむね同一年齢の「2.53%」の人が、上記大学のの卒業生となるでしょう。

同僚達について考えたこと

『彼らは自信に満ちあふれていた』
もっと言えば『自信がない』という素振りが全くない。
自分を心から信頼しており、900点に挑戦する競争をゲームとして持ちかけてきたわけだ。

一方、自分は900点に挑戦して失敗するイメージしか思い浮かばなかった。700点台ぐらいで伸び悩んだりして、もし900点とれた頃には5年とか10年経っていて全部AIが解決して挑戦自体が無意味になっているイメージだ。周回遅れ、給料アップもなしだ。

泣けてきた、というか、少し涙を浮かべながら書いている。悔しくて年末の半分ぐらいは凹んでた。書き終わったら養命酒を飲んで癒やされたい。

私は自己肯定感が低い

Aはこうも言っていた

A「あんた、頭は悪くないのになんでそんなに自信がないんだ?」

年末そのことばかり考えていたのだけれど、たどり着いた答えは

「私は自己肯定感が低い」

例えば、ちょっとミスをしただけで消えたくなる。

「生きててごめんなさい」

みたいな感じになってしまう。

マンガでたとえると、『となりのヤングジャンプ』で連載している『憂鬱くんとサキュバスさん』の憂鬱くんみたいなイメージです。
※ 2018年1月1日時点ではまだ無料で読めるよ!

第1話 憂鬱くんとサキュバスさん

難しいことに『チャレンジ』するために必要なのは能力じゃなくて自信

自分そのものに対して無条件の自信があれば失敗は怖くない。周りから「ほら失敗した」と嘲笑されても、心のダメージは殆ど無い。冷静に再挑戦することも撤退することも選べる。

条件付きの自信は脆い

成功体験は自信に繋がると思っていたが、そうとも言い切れない。期待に応えようと頑張り続けて、期待を裏切るんじゃないかというプレッシャーに押しつぶされるところまで上り詰めて潰れてしまう。求めるべきはやはり無条件の自信だと今は考えている。

自己肯定感の低い状態をどうやってサバイブするか?

傷だらけの林檎は痛みやすい。成功というメッキを貼っても地肌が痛んでいたらすぐに剥がれてしまう。まずは「自己肯定感が低い」という状態を認識して傷を広げないようにしたい。とにかく自分を傷つけるような人や言葉からは距離を置こう。

自己肯定感は高められるのか?

本当のところはわからないのですが、『生きているだけで価値がある』という考え方を持てるかどうかだと考えています。

極論を言えば宇宙とか地球規模でみたら人類に価値なんてないのだから。

まとめ

養命酒を飲みながら文章を読み返し、まとめを考えている。

彼らが本当に自己肯定感が高くて内面的な自信に溢れているのか、本当のところは分からないのだけど彼らのように前向きなチャレンジができる人達を大事にしなくてはと思った。本当に爆発されては困る。

とはいえ、自分が挑発に乗ってTOEICに挑戦するのは下策のような気がしている。

自分は自分がやりたいことをやるべきだ、他人のためでなく自分のために。